『 東京の宿 』 ～ 小津が描く、孤独の中の希望

そしてひとつの魂が救はれました。

　　　　　　　　　ウィンザート・モネ

『 東京の宿 』

出演：坂本武、突貫小僧、末松孝行、

　　　岡田嘉子、小嶋和子、笠智衆

原作：ウィンザート・モネ（小津安二郎）
監督：小津安二郎　　
脚本：池田忠雄・荒田正男
撮影：茂原英朗
美術：浜田辰雄
音楽：堀内敬三

昭和１０（１９３５）年　　松竹蒲田

日本のサイレント映画を観るのは、私は初めてです。モノクロームの中、流れる静かな世界にじっと吸い寄せられるように見入っていました。

主人公は「出来ごころ」以来の元祖寅さんとも言うべきお調子者の中年男、喜八（坂本武）。物語の背景になっているのは昭和初期の大不況時代であり、喜八は失業した職工で、男の子二人をかかえて宿なしのまま、東京の場末の工場街を職を求めてさまよい歩くという悲惨な状況である。当時、野犬を捕えると交番で僅かな金で買ってくれたので、子どもたちは嬉々としてそれを追う。またお金が乏しいので今夜は食事ぬきで宿屋に泊るか、それとも食事して野宿するかを子どもたちにきめさせたところ、天気がいいから野宿でかまわないということになり、安食堂での楽しい食事の場面の次には、ざあざあ雨が降るというわびしい場面になる。これはまたなんという苛烈な世相諷刺であることか。
　
子連れの失業者の放浪生活という話は、今になって見るとこの映画は世界大不況の時代の日本の下層民の生活実態の殆んどドキュメントのようにさえも思われ、そこに特別の価値があります。原作者の名前はウィズアウト・マネーのもじりで小津監督目身のこと。
　
もう一組、女の子を連れた女の失業者が登場する。喜八は彼女に同情し、ついには彼女を助けるために泥棒までやってしまう。彼は子どもたちのことは下町人情共同体の仲間である知り合いの女性つね（飯田蝶子）に託して警察に自首する。貧しさのための盗みが同情的に描かれることがあったのはこの頃までで、それ以後は殆んど見かけない。この子連れの女の失業者を演じていたのは岡田嘉子である。大正期にもっとも先端的な女優としてトップ級の人気スターであり、のち新劇演出家の杉本良吉と樺太（現サハリン）の国境を超えてソビエトヘ亡命するという、当時の日本人の常識を超えた破天荒な事件をまき起した。小津作品にはこの頃よく出演している。岡田嘉子というのは、聞いたことがありましたが、実際に出演作品を見たのは初めてです。

せつなさの中にも人情味ある物語でした。深刻な失業問題を取り上げ、殺伐とした風景の中に人間の孤独感や絶望をしみ出させた作品であり、それは現代にも通じているように思いました。

小津安二郎 DVD-BOX 第三集

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