歴史ある大樋焼
気になるものは調べてみようと。
そこで、石川ではよく知られている大樋焼について。
金沢といえば色絵の九谷焼が有名ですが、大樋焼は楽焼の窯。しかも窯元が密集するわけではなく、唯一、大樋長左衛門窯が330年の伝統を守っています。
加賀屋さんの館内にも飾られていたこの大樋焼(おおひやき)とは、茶の湯の道具として、加賀藩に保護され石川県金沢市に伝わった陶器です。
寛文6年(1666年)加賀藩の藩主 前田綱紀が京都から茶堂茶具奉行として裏千家四世 千宗室仙曳(せんそう)を招いた際に河内生まれの陶工 初代土師 長左衛門が同道し、楽焼を伝えたのが始まりです。
仙曳が帰京する貞享3年(1686年)後も長左衛門は残り、河北郡大樋村(現在の金沢市大樋町)に居を構え窯をたてて藩の焼物御用を務め、地名から大樋姓を許されました。その後、大樋家は代々藩の御用を務め、明治27年10月に没した大樋道忠まで初代大樋長左衛門の直系の子孫とその門人により藩主の御用窯として大樋焼の制作が続けられました。直系の子孫による大樋焼の制作は七代大樋道忠を最後に途絶え、 その後、門人達(及びその子孫)の制作活動の結果、現代において大樋焼は、飴色の釉の特色ある焼物として全国的に知られるようになっています。
現在、十代 大樋長左衛門は、文化功労者、日本芸術院会員です。http://www.ohimuseum.com/
独特の飴色が歴史の重みを感じさせます。
大樋焼 大樋釉貼花鳥紋壷 大樋長左衛門作 (左)
大樋焼 大樋釉鳥紋花入 大樋長左衛門作 (右)
大樋焼はロクロを一切使わず全くの手作りによるもので、日本独自の創作的な焼き物であり、「茶の湯」のためだけに生まれたことから大衆性、社会性は初めからありませんでした。従って、大樋焼は量産されず個人の作家としての表徴として、一つ一つ作られてきたものです。 大樋焼は、千家茶道を加賀文化のために独特なものにするといった風土の中から生まれました。楽家より伝えられた飴釉(あめゆう)は黒釉とともに「茶」との調和が最も取れているものであり、長い間、茶の湯で珍重されてきました。
茶碗、水指、花入など茶道のためだけに作られてきた大樋焼は、まさに加賀文化のひとつでしょう。
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